シリーズ#04 コトラーのリテール4.0を読み解く

コロナでさらに変わるカスタマージャーニー

マーケティングの世界では横文字がみんな好きである。理由は単純、そのほうがカッコいいから。その時代の流行り文句みたいなのがあり、みんなそれ使っては「俺はすごいマーケターだ」とか言っていた。そういう学者とかを私の大学時代の恩師(慶應大学、堀田一善名誉教授)は嫌い、マーケティングをなんとか経済学のような理論として認められないかという研究(マーケティング学説史)をされていた。私もその影響を受けて、会社のマーケティング戦略でも、少し理屈っぽいところが残ったのかもしれない。


カスタマージャーニー(P34)という言葉は昔はあまり聞かなかった。これは顧客がどういう風に最終的に特定のサービス、商品を購買決定していくのかを辿ることで顧客の購買行動を分析し、そしてその段階ごとに顧客にどうアプローチしていくかを考えることである。私の時代では消費者行動論という授業であったと記憶している。
簡単に言えば、どうしたら、自分の商品をお客様に買ってもらえるようになるかを、顧客がどう行動するかを最初から考えて行こうというものである。
まず最初の顧客と商品の接点は、インターネット以前の世界では、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌というメディアが全盛であった。
私のいた百貨店では、80−90年代は新聞と折り込みチラシ広告が最も重要なメディアツールであった。だが、今ではほとんどその広告を見ることはない。それは多くの人、特に若者が新聞を読まなくなってきたからだ。また雑誌も大きな影響力を持っていた。anan、ノンノなどの女性雑誌などが代表例だ。
この時代、情報は一方通行であり、今のような即時性はなかった。つまり、情報はゆっくりと売り手から買い手へと流れていた。顧客にとっては売り手やメディアの情報が全てであり、それを確かめる術を持っていなかった。これを情報の非対称性という。

つまり、顧客は情報をもとに購買するかどうかを決めていくわけであるが、昔はその情報は非常に少なく、顧客には全く知り得ないモノであった。
だから、限られた情報発信源である、小売店、メディア、広告などに頼ってきたのがこれまでの購買の流れである。
確かに口コミや友人からのオススメというのも昔から存在してきた。しかしこれも情報の拡散は直接あって話をするとか、電話などに限られてきた。
少ない情報をもつ消費者に多くの情報を持つ、メーカー、小売業者がメディアを使いながら、情報提供をしながら購買に誘導してきたのである。

しかし、今はインターネットの時代である。なんでもグーグルにきけば教えてくれる。またメディアも日本だけでなく、世界の情報がリアルタイムで無料で手に入る。最近、私がジョギングの最中に聞くのはシンガポールのCNAのラジオ放送だ。いくらでも情報は溢れているのだ。だから若者はテレビ、新聞が必要ないのである。若者世代にはSNSは情報収集と情報発信の両方を兼ね備えている、すごい存在だ。これがカスタマージャーニーを複雑にしているのだ。
しかし、シニア世代にはテレビ、新聞はまだまだ欠かせないものである。

このように、色々な世代が色々なチャネルを通して、情報を収集し、モノやサービスを買っていくのである。
そして今はSNS全盛時代であり、ビジネスにおいてはテレビよりもSNSに広告を出した方が良いという時代になってきた。だから顧客とメーカーの持つ情報量は対等になってきた。そして、一部では顧客の方がはるかに多くの情報を持っていたりする。メーカーは顧客に教えてもらわないといけなくなってきたのである。なんとも難しいカスタマージャーニーになってきた。つまり、一方通行ではなく、相互に情報交換をしながら、人それぞれに情報を操作しながら、思い思いの購買が行われていく。それを昔のようにコントロールするのは難しくなってきたのである。

そして今、コロナがやってきたのである。みんなが一斉にテレビ会議を使い始めた。そしてそれを仕事だけでなく、オンライン飲み会などプライベートでも使い始めてきたのである。そのすごさは、これまで以上に多くの情報が集まるということである。オンライン飲み会をした人は経験があると思うが、これまでなかなか、物理的には会えなかった人も参加できるようになって、さらに場が盛り上がったことである。これまでは地方や海外にいて東京で集まっての飲み会には参加できなかったけど、オンライン飲み会ならどこにいても参加できる。
またオンラインでの集まりが増えることで、これまでなかなか参加しづらかったようなテーマの集まりにも参加できるようになる。私も最近、若者のSNS事情を聞くイベントに参加して、とても有意義であった。
このように、テレビ会議システムがコロナによって、新たなチャネルとなったのである。そしてそれはとても大きな情報収集力と同時に発信力を持つことになるだろう。

今後のカスタマージャーニーを考える上で、リテール4.0では「新しいカスタマージャーニーはもはや固定的な漏斗型ではなく、顧客はその道筋において、必ずしも全ての段階を通り抜けるのではない」と述べている。また「このプロセスにおいて店舗は需要な分岐点となる」とも述べており、これまでとは違う店舗の役割定義が必要だと説いている。
まだまだ、店舗ビジネスは大切だということをこの本では説いており、しかしその役割が変わらないといけないと。

とすると、やはり、この顧客はそもそもどんな人なのかを考えることが大切という話になるのである。これを今はペルソナと呼び、象徴的な人物像を明確にすることが大切であると述べている。
これは伝統的なSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)であり、さらに顧客像を明確にすればさらにどうアプローチすれば良いかがわかってくる。
だから、あまり昔とアプローチ手法は変わらない。変わったのは情報の発信源が多様化したということではないか。
メーカー、小売、消費者の情報における役割が変わってきたことをしっかりと認識しないといけない。


さて、40年前からマーケティングと関わってきた者として、残念なことは昔の本は全く役にたたないことだ。理由は多くの文献がその時代の社会変化、顧客変化のみに焦点をあてて、表面的な議論のみに終始していたからであろう。コトラーのマーケティング原理も30年前の本は使えない。なぜなら、原理原則の解説となる事例にインターネットの世界はないからだ。今読むとやはり古いなあ、いや、懐かしいなあということにしかならない。
しかし、マーケティングの原理原則は大きくは変わらない。対象となる人間そのものはそんなに変わってないからだ。
コトラーの本は多くがわかりやすい事例をもとに、原理原則の説明がなされている。だから、余計に古い本は使えないのである。

前にも述べたが、2500年前の孔子の教え、論語は今でも読み続けられているのがその証拠だ。
ということは、まず大切なことは顧客の持つ、ニーズ、ウオンツは大きくは変わらない。ただ、それは時代とともに、ラジオからテレビへ、そしてパソコン、スマートフォンと変化はするが、顧客の基本的な感情や価値観などはそう変わらないのである。
つまり、我々マーケティングに携わる者は抑えるべきは、時代は変わっても顧客の基本的な価値観、生き方はそう大きくは変わらない。しかし、社会の変化とともに、そのニーズ、ウオンツは変化してくる。
コトラー先生の偉大さは、その事例のわかりやすさである。

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