今までなかったオンライン教育事業がスタート!

海外で活躍できる子供を育てるプロジェクトを地方から発信する!

これまで半年間、温めてきたプロジェクトがようやく来月からスタートする。
海外で活躍できる、通用する子供を育てるカルチャービジネス講座である。

これはオンライン講座であるが、主な対象顧客はローカルな地域の子供達に基本限定している。
大阪の枚方市周辺の子供たちである。
これまでのオンライン講座というのは時間、空間の規制がない、どこにいても、いつでも繋がれるインターネットの特徴を生かした講座がほとんどである。

しかし、私たちが考えている教育はやはりオフラインを大切にしたいというところからスタートしている。
コロナ禍でオンラインでの買い物や映画鑑賞、またオンライン飲み会も多くの人が経験している。
しかしオンラインだけでの完結で満足できるものは限られているのではないだろうか?
お買い物でも、日用品であればオンラインで十分かもしれない。しかし、高級品やファッション用品などは知識のある販売員のアドバイスや、実際の着心地、友達の反応などリアルでないと得られない経験や雰囲気があってこそお買い物が楽しくなるのである。ショッピングとは買い物をするだけでなく、その前から始まり、買った後の反応などを全て含めてショッピングなのである。

教育でも同じことが言える。
オンライン教育のほとんどが一方通行の講義を聞くだけであり、これはビデオを見ているのと同じである。特に子供たちは大人よりも集中力が持たない。単に情報を得るだけのオンライン講座などは15分が限界と言われている。

私たちが始めようとしているのは、双方向での授業が基本だ。そして定期的にオフラインで集まり、生徒同士の交流や発表会やイベントを開催することで目標ができ、それに向かってまたオンラインで勉強していくという好循環を作ろうというものだ。

今回のプロジェクトは私の親友が経営するカルチャーセンターを拠点にしながら、オンラインのビジネスカルチャー講座を子供向けに行うものだ。よって、基本はカルチャーハウスのある枚方市香里園、もしくは枚方市駅周辺の場所に来ることができる子供達をターゲットにしている。

https://culture-house.com/

あくまでも、オンラインではあるが、オフラインがベースになっている。いわゆるハイブリッド型の教育なのだ。

この利点は先生はどこにいても大丈夫ということだ。もちろんイベント開催時には現地に来てもらう必要があるが、海外にいる先生の場合は生徒たちは現地に集合して、先生とは大型画面でやりとりをすることになるかもしれないが、やはりリアルで集まることが大切だと感じている。

また、カリキュラムとしては入試のための英語、プログラミングだけでなく、お金の話や海外で必要な日本文化の話、また学校では教えてくれないリーダーシップの話、コーチングの話などを私たちは提供する予定だ。

今回は特別イベントとして、私の海外経験、人脈の中から海外で活躍する日本人ビジネスマンから直接、海外で働くことの意味や難しさ、日本人として何が海外では必要なのかなどを子供達に話してもらい、子供達からの質問にどんどん答えてもらおうという講座を来月から開催する。これはほぼ無料で開催する。

本格的な講座は6月からスタートする予定だが、すでに3月から子供向け英語、プログラミングなどはスタートする。まだまだ、試行錯誤の段階だが、これまでにこういうハイブリッド型オンライン教育で子供向けのビジネスカルチャー講座というのはないと思う。

確かに一部の富裕層のファミリーにとっては、我々の取り組みは不十分と感じるだろう。彼らはすでに子供達をインターナショナルスクールやボーディングスクールに通わせているからだ。

しかし、私たちの対象とする家族は、そういう一部のエリート層ではない。東京などでは経済産業省の支援で最先端の授業を行っている都心の学校も出てきている。しかし、そんな教育は一般的な郊外に住む、普通の家庭の人たちには夢のまた夢なのである。

私たちはそういう一般的な家庭の子供達に、安価で質の高い海外でも通用できるレベルの教育を提供していきたいのである。
だから、私たちの講座にそんな有名な人は出てこない。それでも授業の質は担保できる自信がある。

地方だからと言っても、講師は世界中から呼ぶことができる。子供達からのフィードバックはオンラインだけでなく、オフラインでも受けることとができるから、修正はすぐだ。

こういうローカルなカルチャースクールでも世界中から講師を集めて、リアルにも交流できることで、子供達はいかに世界が小さくフラットになってきたことを実感できるのではないだろうか。

昔、グローカルという言葉(グローバル+ローカル)が流行ったが、教育の世界でもこのグローカルが出てくるのではないだろうか。

枚方市周辺にお住まいの子供たちにぜひ受けて欲しい講座となっている!

コロナ後は商売の方法が変わるかもしれない

より社会的な問題を解決するためのビジネスが生まれてくる

先日の日経ビジネスでコトラーが語った話でとても感銘を受けたのが、ディマーケティングという考えだ。

詳しくは下記の記事を読んで欲しい。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFK053M50V00C21A1000000


例えばロシア政府がウオッカでなくなる人を減らすためにどうするかを4Pのディマーケティング戦略で考えるというのだ。
まず、製品であるウオッカの生産量を政府が規制して、消費者は1週間で買えるウオッカの量を制限する。そして、課税して製品の価格を思いっきり高くする。そして買える場所を少なくすることで不便にする。また政府はいかにウオッカが体に悪いかのキャンペーンを大々的にする。

これによって、ウオッカを飲む人は確実に減る。しかしウオッカを扱っていた生産者、流通業者、販売者は大きなダメージを受ける。
でもこれでウオッカによる死亡者を減らすという社会問題の解決になるということだ。

この場合、売上の減る生産者などが事業の変更を余儀なくされるが、この支援を国やNPOが支援する必要がある。しかし、これからの社会を考えるとこういう社会問題の解決なしには経済は回っていかないように思う。
そしてウオッカに替わる新たなアルコールかドリンクなどを開発することが求められる。日本でのハイボールブームのような動きだ。

この考えを今の政府が進めているコロナの非常事態宣言に当てはめるといいのではないかと思う。

政府はディマーケティングでいかに人々に他の人との接触を避けて、感染を食い止めるようにできるかを考えるべきだ。

コトラーの例で言えば、まず政府は法的な力で感染の原因となっている飲食の機会を減らすべきである。この法的な強制力なしにはウオッカもコロナも減らすことはできない。

中国や台湾、シンガポールなどはこの強制力がとんでもなく強いのだ。

こう考えると、やはりこれからの社会問題の解決には政府の力が欠かせないように感じる。

これまでの常識であった自由な経済、行動というのはある程度制限されても仕方ないと考えるべきかもしれない。

そもそも法律というのはそういうものだ。

しかし、今の日本はその法律と自由とにおいて、その境目がわからなくなっているように感じる。
確かに、今のコロナ禍で行動を規制されるのは苦痛であり、ストレスがたまる。
私も人に会うたびに緊張するし、行動が相当制限されており、ストレスは半端ない。

しかし、今の社会課題であるコロナ感染爆発を止めるためには、ある程度の犠牲はしょうがないのである。

では問題は何かというと、こういう法律の変更によって、ダメージを受ける企業、人々をどう守るのかということである。

今は、株式市場も最高値を更新しており、一部の富裕層はさらに資産を増やしている。また企業でもコロナによる環境変化で大儲けしている企業もある。

私はそういう資産家、企業から税金として利益を徴収して、弱者に再分配すべきではないかと考える。

今、世界では一部の富めるものと大多数の貧するものが形成されているのである。

私は共産主義者でも社会主義者でもないが、どうも今の経済状況はいびつすぎると感じる。

このままだと社会主義国家の方がいいのではないかと感じてしまう。

資本主義の考えをベースにしながら、社会問題を解決するためには、全ての国民が新しい社会に適応できるように、枠組みを変えなければいけないのではないだろうか。

私はシンガポール政府のように、自ら儲けて、その利益を恵まれない人々に配分するような仕組みが日本にも必要なのかもしれないと感じる。つまり国営企業の復活だ。財政難を救うためのチョー儲かる国営企業を作ることも大切ではないかと。

シンガポールはまた次のコロナ危機が2、3回きても、国民の給与を補償するだけの財源があるらしい。さすが、株式会社シンガポール国である。

コトラーにコロナをなくすためのディマーケティングの授業をぜひやってもらいたい!

学びに必要なのは先生ではなく、メンターかもしれない

知識を習得するのは本、ビデオでほぼ事足りる時代。その時に必要なのは続ける力だ。

今日は近くの小田原の宗匠の初釜に参加した。3年ぶりの初釜で予習もロクにせず、ほとんど忘れていたにも拘らず、男子は私だけであり、正客を務めることになった。
案の定、ほぼ何もできず、隣に座ったベテランの生徒さん(ご自分も生徒をお持ちの先生)にご指導いただきながら、悪戦苦闘の懐石での御点前となった。

その時に隣のベテラン先生から教わったことは、何でも聞いたら良いと思うのは間違っていると。
自分で事前に予習するのは当たり前であり、またお稽古では勉強してきたなんていうことは絶対に言ってはいけないと。また先生から教えてもらう以外のことを色々と聞くものでもないと。
先生が指摘したことをいかに次に間違わないように覚えていくのかが大事だと。

お茶の心の基本は相手の気持ちをいかに慮るかということに尽きると教えていただいた。


私は確かにそうだなと感じた。先生の立場に立つと、色々なことができない初心者に色々言ってもできない。では、今できることを一つ一つクリアさせることが大事だと考えるのだろう。
そして、それを着実にマスターする生徒を見て、先生もまた教える気持ちが高まるということなのだ。それもできないのに、あれやこれやと聞くことは失礼に当たると。なるほどと思った。

また今日のお茶で感じたことは、知識、技術もさることながら、そういう学ぶ気持ちをどう自分が持ち続けるのかが学びには大切だと感じた。

厳しい指導だけでは、とても稽古は続かない。自分に強い気持ちがあれば良いが、なかなか難しい。今日も色々とご指導いただいたのは勉強にはなったが、よしもっと頑張ろうという気持ちには繋がりにくい部分もある。
こういう時に、慰めてくれる先輩や同僚がいればなあと感じた。
厳しい指導も大切だが、やはり励ますことも大切だなと。

そこで今、大阪で進めている子供向けのオンラインカルチャースクールにおいても、まずは生徒である、子供にそういう気持ちをどう持ってもらえるかが大切だと感じた。
知識、技術の前に子供達がオンラインで学びたいと思える環境を作り、そして学び続けたいと感じる仕掛け作りが大切だと。

やはり、ここでも前回のマーケティングの基本である、顧客は誰か、顧客は何に価値を持っているのかを問うということに繋がる。

そのためには凄い知識を持っている講師よりも、子供たちを引きつけることのできる先生というか、メンターが欠かせない。
講義の中身自体はそんなに変わらないが、その中で子供達を飽きさせない、楽しくさせて、またなぜ、なぜと聞きたくなるような講義というか授業こそが大切なのだと。

これは何も小学生だけでなく、全ての教育に当てはまるだろう。
私もオンラインでプログラミングコースを受講していたが、3ヶ月しか続かなかった。

継続する気持ちが萎えたのだ。もし、メンターがいたら、一緒に学ぶ仲間がいて、競争をしていたら変わっていただろう。

今の時代、オンライン上にはあらゆる情報がある。だから何かを学ぶにしても教材は色々ある。しかしそれをどう使いこなして、継続して続けることができるのかがポイントになる。

良きメンターと競う会う仲間の存在があれば、誰でも東大に入れるのではないだろうか。

しかし、私のお茶のレベルはいつになれば初心者から脱出できるのだろうか??

コトラーはドラッカーから学んでいる

あなたの顧客は誰か?顧客にとっての価値は何か?


あけましておめでとうございます!
今年こそ、世界が再び落ち着きを取り戻せることを心から願う。
がんばれワクチン!

さて新年初めてのブログはやはり原点に戻ろう。
私が大学に入り、マーケティングを勉強し始めてからの先生となるコトラーの最近の発言に注目したい。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFK244N00U0A221C2000000

これは日本経済新聞の記事だが、この中でコトラーはドラッカーの言葉の中で、大きな影響を受けた企業に対する4つの質問をあげている。

(1)あなたの会社にとって最も重要なビジネスは何か
(2)あなたの顧客は誰か
(3)あなたの顧客が価値を見いだしているのは何か
(4)あなたが最も重要なビジネスにすべきなのは何か

この中で私が重要だと感じるのは、

(2)あなたの顧客は誰か
(3)あなたの顧客が価値を見いだしているのは何か

だ。
これは今の企業が自らに問うべき質問であろう。

まず、企業としてコロナ前とコロナ後で顧客ターゲットを変えないといけなくなったのかどうかである。
例えば、大きな打撃を受けた飲食業、ホテル、小売業の中で、中国人をメインターゲットにしてきたホテルなどは大きく変わったはずだ。そういうホテルはターゲットを見直し、星野リゾートが目指している国内需要の掘り起こし、つまり、外国人から日本人、そして地元の人々へとターゲットを変えざるをえなかった。


しかし、ターミナル立地の居酒屋、レストランはもう誰も店にきてくれない状態が続き、誰をターゲットにすれば良いのか途方にくれただろう。しかし、一部のレストランはデリバリー、テイクアウトなどで周辺の住民、会社勤務者にシフトした。

まず、大事なのはどんな状況でもまず自分の顧客をしっかりと見極めることだ。
そして、その顧客が今、感じていること、ニーズ、ウオンツ、困り事は何かを考え尽くすことに尽きる。

それが2番目の顧客が何に価値を見出すのかである。

例えば、富裕層を相手にしている企業を想定しよう。
富裕層だけでなく、多くの日本人がこれまで年末年始に海外旅行に出かけてきた。しかし今回は誰も海外旅行にいけなくなった。では彼らにとっての年末海外旅行の価値は何だったのだろう?

単なる旅行とは違い、海外に行くことでの非日常性と同時にそこでしか体験できない時間を過ごしたかったのではないか。だとすると、旅行の代わりに高級ブランドのお洋服やバッグではその価値は獲ることはできない。

意外に、シェフを自宅に呼んでディナーを楽しむとか、高級キャンピングカーを借りて、サポート付きの小旅行を楽しむなど、今までにない体験ならお金出したいと思うのだろう。
コロナだからこそ、家族での時間でいかに非日常の体験を作り出せるかを考えるべきだろう。これは小売店なら、取引先の工房や工場に直接家族単位で招待して、プライベートな雰囲気で楽しんでもらえるようにするということかもしれないし、百貨店ならあるフロアを時間単位で貸し切りにするというのもあるかもしれない。

飲食店、レストランでも、そこでのイベント体験が重要ではないだろうか?
大体、夜営業がメインのお店では、昼間の営業をしていなかったりする。

しかし、その時間、特に午前中なら、主婦に向けたクッキング教室やカルチャースクールの場所になる。

自らをレストランビジネスと決めつけるから、そういう発想は生まれてこない。

自分たちのビジネスをお客様を楽しませるエンターテイメント空間提供業と再定義すれば、持っている空間やキッチンなどを使っていろんなことができるはずだ。

その時に大切なのが、顧客を変えないといけないということ。

これまでの、サラリーマン、地元の若い人を顧客にしてきた居酒屋さんなら、思い切って顧客を変えないといけない。それがなかなかできないのだ。。

以前に串カツ田中がファミリー層までをターゲットにすることで、アルコール飲料の売上は落ちても全体の売上をアップさせたことがある。

今回のコロナではそういう延長線上の顧客拡大ではなく、全く違う顧客を掴むことを考えることも必要だ。

ホテルなどは良い例だ。泊まってもらうことを基本にするのではなく、ホテルで遊ぶ、学ぶなどをテーマに考えるべきだ。

こう考えてくると色々なアイデアが生まれてくるはずだ。

大事なのはコトラーもいう、ドラッカーの基本であり、ビジネスの原点だ。

デジタル時代になってもそれは変わらない。

組み合わせが大事

今、若い人が投資に目を向けている。

これは必然だと思うし、みんな、もっと投資の勉強をした方が良いと感じる。

私もサラリーマン生活が長かったので、何故か株式投資はギャンブルみたいに思ってきたし、会社で役員とかになると、必然的に売買は出来なかった。

投資はリスク分散であり、いろいろな株式や金融商品を組み合わせて利益をあげていく。競馬でも、一頭狙いはリスクが高いから、複勝などがあり、リスク分散できるようになっている。

しかし、金融投資の場合、短期と中長期では全く手法が異なる。競馬も血統やそれまでの戦績、天候などを分析するようだが、やはり競馬はギャンブルだ。

株式投資も短期での売買はギャンブルの要素が大きい。しかし、中長期的な投資は経済の動きを見ながら、これから伸びる産業、企業を見つけて、そこに投資する。しかし、これも今回のコロナ禍ではギャンブルみたいなことになってしまうが、やはり投資は大切な知識であり、生きるための手段ではないかと感じる。

投資はギャンブルではない。

欧米では小さい時から、投資の勉強を子供に教える文化があるようだが、日本には全くない。

私もその1人だ。

そのツケが今きていて、昨年シンガポールにいた時に友人と始めた共同名義の口座でコロナ禍で運用に失敗して大きな痛手を被った。結局、自分には投資の知識がなかったのだ。

しかし、これは良い勉強だったと今は感じている。何でも失敗しないと身につかない。

だからこそ、若い時に失敗を経験すべきなんだ。組み合わせの大切さが、投資にも人生にもあてはまる。

今日は大阪で来年に向けた新規事業の打ち合わせをしていたが、そこでも組み合わせの大切さを感じた。

いろんな考え、知識を持った人が集まる事で今までにない新しいモノが生まれる。

飛行機に乗るのに、3時間前に空港に行かないと気が済まない人もいれば、15分前でももったいないという人もいる。

でも、そういういろんな考え方を否定するのではなく、尊重しながら、一つに修練していく作業が大切だし、新しい気づきが生まれる。

若い世代も中年もシニアもそれぞれが等しく尊重されて、お互いを認めながら、切磋琢磨することが大事だ。

その意味では、シニア世代はもっと勉強しないと。単に難しい本を読む事ではなく、新しいアプリや動画サイトに触れることも必要なんだ。

明日もがんばれ、皆んな、そして、自分。

絶対に負けない自分を作ろう!

自分に自信を持つことの難しさ

先日、シンガポールの友人で今年になって中国語を勉強し始めた弁護士先生がこの間、中検3級に合格したと連絡がきた。私は数年前にHSK3級に合格したが、そこから全然進んでいない。おそらく中検3級の方がレベルが高いと思う。私が教えてもらっているオンラインスクールの中国人先生を紹介してあげたり、勉強の方法とか教えていたので私の方が先輩なんだが、あっという間に超えていかれた。

来年は中検2級を目指すとのこと。3級の試験も満点が目標だったとのことで、いやはや目標が高いし、毎日単語の勉強は忘れないとのことだ。もともと頭の出来が違うといえばそれだけだが。。。

シンガポールで自分の事務所の経営だけでなく、自分の仕事をこなしながら、子供を育てても中国語でしっかりと結果を出しているのに、自分はどうだろうかと考えてしまった。

人間、こうなると自信を無くしてしまうのだ。

しかし、私にもそれなりに勉強はしているし、仕事だってそれなりにやっている。でもどうしても人とある部分だけを取り上げて見てしまうのだ。

確かに、「そんなことはないですよ、貴方はいつも頑張っている! すごい!」と励ましてくれる人がいたら良いのだが、そんな人はいない。それよりももっと頑張りなさいと言われるのがオチだ。そもそも結果が出ていない。

だから、カウンセリング、コーチング、占い、宗教などが流行るのかもしれないと思ってしまう。

与えてもらうことを期待してはいけない!与えればかならず、返ってくるのだ。

どこかで、きっと!

だから、私は最近、頼まれごとがあれば、出来るだけ断らないようにしている。そして誰かの役に立ちそうなら、頑張ってやろうとしている。
でも見返りを期待していたら、それはダメだ。

人生は長いようで短く、短いようで長い。

だからこそ、毎日を充実して過ごしたい。

昨日、9ヶ月ぶりに妻がシンガポールから日本にクリスマス休暇で戻ってきた。

今年一番嬉しいことかもしれない!

コロナにおける所得の2極化をどう考える

ボーナス増額の一部企業と大半が減額の今年の消費

今年の年末商戦は厳しいというのが一般的だろう。
しかし一部の富裕層やIT企業などでコロナ禍でも所得を増やした人たちにとっては、お金の使い道が限られていて、それがバブリーな消費になっている感じがする。

百貨店でも外商のお客様の消費は活発であり、高級ブランドの売上はそんなに落ち込んでいないらしい。また高額のエステ商品も売れているし、現代アートなども好調のようである。

一般消費者向けでもおせち料理の売上が絶好調であり、巣篭もり消費の典型と言える。しかし実際のところ、百貨店にとってはそんなに儲からないビジネスがおせち料理でこのあたりが悲しい現実だ。

これらのことが、今の経済を反映しているのかといえば、決してそうではない。
多くの生活者はコロナで収入が減り、将来の雇用不安が重くのしかかっているように感じる。
多くの人は今後の将来のコロナ、雇用、経済などを不安に感じて、生活防衛に必死なのだ。
しかし、だからこそ私はそういう人たちに、苦しいときにこそ将来のことを考える知恵を政府が与えるべきではないかと感じる。

先週からワクチン接種が欧米で始まった。
これがどうなるかはわからないが、うまく行けば今が経済的には底となり、春以降に全世界でワクチン接種が本格化すると不安がさらに解消されて、ますます株や金融マーケットは高くなっていくことが考えられる。

だから、おそらく裕福な投資家はここからコロナでダメージを受けて低迷する企業の株式などを買いだすのではないかと筆者は考える。
この時期に株式に手をだすのは初心者には難しい。というのも、今は一見するとバブル期と同じようである。実体経済は疲弊しているのに、株価は高止まりしている。
これは政府、日銀の金融緩和策により、貨幣そのものの供給量が大きく増えているからだ。

つまり、前よりもたくさんのお金、貨幣がマーケットにあるということは経済学の理論からはモノの価値は上がるはずだ。しかし一般的なモノの値段はあまり上がらず、まだ値下げを続けている会社もある。

だからこそ、金融マーケットにお金が流れて、その価格が上がっているのだ。

ビットコインが良い例だ。多くの人はそのビットコインがなんであるかもわからずに今後上がりそうだということで購入している。確かにここ数ヶ月で倍ちかくに高騰している。
しかしこれが正しい風景なのかは誰にもわからないのだ。

だからまたバブル崩壊がやってくると多くの識者は予想している。

マーケットはみんなの人気が高まれば、上がっていくが、下がれば終わりだ。美人投票だと昔の経済書にも買いてあったが、儲ける人はみんなが気づく前に買って、みんなが買い始めて価格が上がると売る。そして、またみんなが売り出して価格が底を着いたと感じたら、また買い戻す。

至って簡単なことだが、これを冷静に出来る人は少ない。
今年3月の中旬に株価、債権が暴落したときに、しばらく底になるのを待って買える人は、まずその時点で資産を売って現金化しておかないといけなかったはずだ。

これが普通人にはなかなかできない。みなさんも思い出してほしい。4月の緊急事態宣言発令中に株式を買うということができただろうか。

ここに一部の人だけが儲かり、多くの人は損をする構図があるのだ。

これが金融投資で儲けようとする人の常識ではある。

これはいけないことなのだろうか。


意外にも、このような考えは欧米では一般的というか基本である。つまり投資というものを小さい頃から学ぶ環境にあるのだ。

中国人もこのような考え方を持っている。先日シンガポール人と話したら同じことを言っていた。ポイントは日本人は投資に対する知識があまりにも少なすぎるということだ。
金融投資はバクチとしてやってはいけない。毎日株価を見て売り買いをすることは難しい。
しかし、中長期的に投資をしていくのは知識があれば出来る。でも日本人はこれを悪だと考えている人も少なくない。もっと投資の勉強する必要がある。

しかし、今多くの人はそういう投資が出来る状況ではないだろう。
ならば、政府はもっとお金だけを配布するだけでなく、投資的に有望な企業の株式を投資する方法するを教えるのはどうだろう。10万あればもっと投資が出来る環境を作るべきではないだろうか。

アフリカの水が足りない地域に水を与えるのではなく、井戸の掘り方を教えるように。

これからの未来を考えても、子供達にはしっかりとした投資の知識を小さい時から教えることが必要だと感じる。

子供だけでなく、一般に人にも投資が当たり前になる時代がこないと、ますます所得の2極化は進むに違いない。

マーケティングの基本をもう一度

コロナ禍だからできる読書に挑戦!

私がマーケティングを学び出したのは大学2年生ぐらいからだ。ちょうどその時は11PMという大人向け番組が深夜に流行っていた。そこでカッコよく出ていたのが慶應の村田先生だった。マーケティングという言葉がそこで私の中ではカッコいい響きとなった。

そしてゼミを選ぶ3年生の時に、なぜか村田ゼミの雰囲気に馴染めずに敢えて村田ゼミに対抗している堀田ゼミに入ることにした。あの時に村田ゼミに入っていたら人生は違っていたように思う。

で、その堀田ゼミでは弁証法を学び、マーケティングが経済学と同じ理論、学問となることができるためにはどうするべきかなど結構難しいことを勉強した。堀田先生も若くまず英語ができないとダメと言うことで、正式なゼミ生となるために、夏休み明けまでに大量の原書を訳して提出するという課題が私を苦しめた。その時は最後で友人に助けてもらったと思う。そこから私の英語コンプレックスが始まったのかもしれない。

そしてマーケティングの堀田ゼミを出て、小売業の世界に入ったわけだが、やはりそこでもマーケティングへの興味は続き、大学時代に読んでたコトラー先生のマーケティング原理を原書で読もうと思い、無謀にも原書を買い読み始めた。

しかし、なかなか進まなかった。会社に入った頃は友人と遊ぶのがメインになったこともあり、中々進まなかった。しかし後輩が出来始めた5、6年後から再びマーケティング原理に取り組むことにした。そして30歳ごろにはその原書を輪読する会を会社の中で立ち上げて早朝に勉強会を始めるまでになった。

あれから30年近く経ち、すでにその当時の本は時代遅れになった。マーケティングの本の良いところは豊富な事例があることだ。しかし30年前の事例は今では全く通用しない。だからもう手元にはない。

携帯電話もなければインターネットもない時代のマーケティングと今では全く違う。

しかし、原理は同じなのだ。

つまり顧客は同じ人間だから。

最近WEBマーケティングとかSNSマーケティング、インバウンドマーケティングの本を読むと確かに昔とは違う。でも言ってることの本質は同じだと再確認した。

今のコロナ禍で私の行動範囲は極端に狭くなった。

今日も本当なら初めての野点トレッキングに連れて行ってもらう予定だったが、昨晩喉の調子が悪くなり37度近くの熱があったため、大事をとって延期させていただいた。今日はよく寝たこともあり、熱もないし、喉の調子もよくなった。

こういう家にいることを余儀なくさせられる時こそ、大作の原書を再び読もうと思い、最新作のPrinciples of Marketingを購入した。今は第18版だ。最初に買ったのは多分第8版だったかなと。

相変わらずの量で700ページ近くある。

最近はもうこの日本語訳は出てこないようだ。

だからこそ、私はこれに取り組もうと考える。
できれば3ヶ月くらいで読破して、みなさんにもその都度中身をお伝えできればと思う。
最初の50ページは懐かしいターゲティングの話であった。事例の最初がエミーレーツ航空でいかに素晴らしい会社かと説明していた。

コロナでもっとも影響を受けた会社が最初の事例というのも何か時代を感じさせるが、やはりいかにコロナが時代を変えたかを物語っていると。

30年ぶりに18版の改訂版を読むことにちょっとドキドキしながら、どれだけ自分の学んだ学問が基本のところで変わったのかを楽しみながら読んで行きたい。

焼肉ライクについて思う

TVで芸能人が美味しいとコメントしてるお店って本当に美味しいの?

先日、東京に行ったのでTVで話題になっていた焼肉ライクでランチを食べた。
TVで見ていた時に、お一人様で仕切りが付けられていてコロナ禍における環境はバッチリだし、値段も千円以下でランチが食べれてとても良いビジネスモデルだなあと感じたからだ。

またその時に坂上忍やヒロミがうまそうに食べていたのでこれは上手いのかもと行ったわけだが、結果としてはまあまあだった。
私が行ったのは赤坂見附店で午後1時を少し回ったところだった。TVに出た直後だから一杯かと思いきや、ガラガラだった。

まず、初心者にはどう注文して良いかもわからないデジタル画面だが、店員は何の説明もなく、手の消毒ばかりを求めてきた。
何とか画面を見ながら注文をしたわけだが、とにかくスタッフの数が少なすぎる。全てデジタル化というのはわかるが、サービスが悪いとしか思えない。でも支払いは普通に伝票とレジ。
で、注文したのはカルビハラミセットで200gで960円だったかなと。
このセットはなかなかのボリュームがあった。

まず肉の薄さが半端なく薄い。だから枚数としてはたっぷりある。それを一枚づつ焼いていくのである。確かに薄いからすぐに焼けるのでテンポよく食べれる。ご飯がすすむ感じだった。タレのパワーかもしれない。
食べながら、松屋のカルビ定食よりにはお得感があるかなと思った。しかし松屋にはサラダがついてくるが、ライクにはついてこない。

で、食べながらふっと気づいたのだが人工肉を宣伝していた。カルビとハラミがあり、50g300円ぐらいだった。

興味をそそられたので、追加注文した。しかし注文の仕方がわからず、店員を呼び聞いた。面倒だった。

で、食べた。ちょーまずい。リアル焼肉を食べた直後に食べたのもあるが、食えたものではなかった。こんなのに300円も払わされて非常に満足度が下がる。

そしてお会計で1400円近く払い、また来たいなあと思う気持ちが完全に失せてしまった。

今回のライクはビジネスモデルはよくできている。
少人数で運営でき、シェフもいらない。そして多くがデジタル化しているので伝票も少ない。
一人で気軽に本格焼肉を低価格で食べれるのは良い。さすが牛角の創業者だなと感じる。

またコロナでの感染予防にも良いと思えるお一人さま仕様だ。しかし実際には隣との距離はとても近く、やはり感染対策ができているとは言い難かった。

コロナが再び猛威を奮うなかでライクは頑張れるのかと考えるとそうとは思えなかった。

結局リアルのレストラン業態でしかない。またスタッフの少なさ=サービスの悪さとなっており、これは改善しないとリピーターが出づらい。

やはり、レストランはサービス業だ。味だけを追求するだけでなく、環境、サービスが必要だ。

いっそのこと、支払いも全てアプリ支払いでレジなしにするくらいまで飛んだ方がよかったかもしれない。でもそうすると顧客層が若い人に限定されるからできないのだろう。

なかなか難しいが、レストランビジネスの良いところはすぐに改善できるところだ。

総合的なサービスとしてレストランビジネスを捉えないといけないというのがよくわかった。
これはどんな業種でも同じで、やはり顧客の立場にどこまで立ってビジネスモデルを考えるかだなと。