私は煩悩の塊かもしれない!

昨晩、BSNHKで永平寺を紹介する番組を見ました。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018088518SA000/

雲水の修行僧が厳しい修行をしている様子、特に座禅をしながら自己と向き合う様子に感銘をうけました。その中でイタリアの郊外に永平寺と全く同じ修行をするお寺があり、そこでは永平寺と同じ修行が行われていました。アメリカにもZENセンターがいくつもあるようです。道元の教えた禅修行が世界的に広がっていることに驚きました。
指導する僧の方が言うには、「いかに自己を捨て去るか、自己を捨て去ることができれば、自分が宇宙と一体となっていることを感じることが出来、そもそも悩むということがなくなってくる」とお話しされていました。

私はこれは瞑想と根本は同じなんだろうと思います。
座禅も瞑想も今の自分の悩みを捨てて、瞑想なら呼吸に集中することで精神的な安定を得ることができます。
座禅はこれのもっと高度なレベルではないかと。座禅している時間が瞑想と違ってとても長いですからね。


この番組を見ながら、結局今の自分は自分の損得勘定や生活の不具合、将来の不安などばかりを考えているだけなんだなと思いました。
今のコロナウイルスで家に一人でいるようになり、はや1ヶ月になろうとしています。私の場合、東京に仕事で行く必要は今、特段ないですし、家で充電生活です。真鶴はまだ感染者も出ておらず、安全な環境にいながらもやはりコロナウイルスの報道を見るたびに不安を感じています。
また、これからの生活についても不安を覚えています。
でも、その悩みは突き詰めると、煩悩の塊なんではないかと。
早くシンガポールと行き来したい、友達を会って飲み会をしたい、新しい仕事の準備を進めたい、趣味のウインドサーフィン、ゴルフ、茶道などを早くしたい。でもそれができないから悩んでます。
不要不急のことって生きるためには不可欠だと思っていたんですが、でもこれって煩悩だなと。


永平寺で雲水はこの全てを捨て去ることで自己からの解放と自由を手にするそうです。
私には雲水のような修行はできません。でも自分をもう少し煩悩の塊ではないようにすべく自分なりに研鑽するしかないなと思いました。
我々、凡人にはやはり煩悩の適度なバランスが大切なんだと。

今、どうしても現場で仕事をしないといけない人や医療従事者の方のご苦労を考えると、自分はあまりにも恵まれています。そのことを忘れないようにして、この自粛生活を過ごしていきたいと思います。

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