経営者は従業員とどう向き合うのか

「誠実であれ」の具体例:心に響くのはお金ではない

私が百貨店の店長をしていた時に、もっとも評判のよかった従業員向けのサービスがある。
それはサンキューランチというイベントだ。
毎月のお店の売上予算が達成したら、翌月の特定の2日間だけだが、従業員食堂でサンキューランチを販売した。
普通なら2000円近くするサーロインステーキ、海鮮丼、うなぎ丼などを390円で限定数、提供するというサービスである。

このイベントは大好評で当日は11時のスタートに何十人もの行列ができるほどであった。誰しもが嬉しそうにステーキを食べていたのを思い出す。限定数がなくなり多くの苦情が来たのを覚えている。

この企画は私がその当時、従業員食堂でランチをしていた時の経験から生まれた。一般的に大規模な百貨店の店長はあまり従業員食堂でランチをすることが少ないようだ。まあ理由は色々あるだろうが、私はできれば従業員、特にお取引先の人と話しをしてみたいという気持ちがあったので、できるだけランチを食堂で取るようにしていた。また、食堂のカレーがお気に入りであったのもその理由の一つだ。
そして、取引先のおばちゃんたちとだんだんと仲良くなって、ランチの時間をいかに大切にしているかを知った。ミカンとかをおすそ分けしてもらったり、とても楽しかった。
また呉服のイロハを年配のベテランさんからも教えていただいたのも、食堂であった。
取引先の方にはアルバイトや派遣の方もいて、あまりランチにお金をかけれないという実情も知ることができた。ペットボトルに食堂のお茶を補充する人もいてビックしたものだ。
従業員食堂自体はレストランに比べると高くはないのだが、それなりの味であり、とても美味しいものが安く食べれるというところでもない。昔の百貨店の従業員食堂は会社の補助もあり、安くても美味しいメニューが揃っていた。古き良き時代である。

肉体労働である販売員の人たちにとって、お昼休みは唯一の楽しみであるのだ。それをもっと楽しくできる方法はないか。そしてそれがお店の利益貢献にもなるようなことを。
そこで思いついたのが、売上達成したら、会社からサンキューの気持ちを込めた豪華なランチの提供をしたらどうかということだ。
当初、これを当時の人事部長に話すと、経費が100万ほどかかると乗り気ではなかったが、私にとって100万のコストは売上を伸ばせばいくらでも元は取れる。従業員の士気が上がれば、売上10%なんて難しい数字ではないと思っていたので押し通した。

そして、売上が達成して、いざ、サンキューランチとして何をメニューとして提供するかで悩んだ。人それぞれ好き嫌いもあるし、いくつかのメニューを提供できればよかったが、調理場の大きさ、用意する数、コストなどから1メニューに絞るということになり、最終的にはサーロインステーキ定食に落ち着いた。


当日、11時のスタートに恐る恐るのぞいてみたら、なんと黒山の人だかりだ。私はとても驚いた。こんなにも人気になるなんてと。
何故なら、得する金額としては2000円マイナス390円なので1600円である。1600円の為にこれほどの人は並ばないのではないだろうか。やはり、ランチにサーロインステーキを390円で食べれるという体験がプライスレスなのであったのであろう。1600円のお金の価値が、ステーキになって10000円以上になったように思う。

その後も、売上達成が続き、ステーキから海鮮丼、うなぎ丼と続いたが、やはりステーキが一番人気のようだ。やはり、ステーキなんだなと。間違ってもヘルシーなお弁当は出してはいけない。
私は、今でもたまにお店に立ち寄って、当時の販売員さんと話をする時があるが、褒められるのはサンキューランチのことばかりである。

顧客体験をいかに期待以上に提供するかと従業員体験は全く同じなのである。ただ、やり方が違うだけである。
ただ、ヒントをうまく活かすにはコツがいるのかもしれない。そのコツをどう掴むかが難しい。


魚釣りで同じ場所でも、名人は連れても初心者には釣れないのと同じかもしれない。
名人は言う。船の下にいる、魚の気持ちになって考えたらどうすればいいかが分かると。

そういえば、最初のサンキューランチの行列の先頭に並んでいたのは当時の営業部の部長と課長だったように記憶している。高給取りの二人がとても嬉しそうに並んでいた!!まあ立場的にはどうかと思ったが、まあいいか。

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