デジタル社会におけるSNS被害に思う

私は自分では本来、悲観的な人間だと思っている。大阪弁でいう”あかんたれ”だ。

しかし回りからは常にアグレッシブに生きているように思われがちだ。それを自分としてはいつも励みにしながら、アグレッシブに生きるためのパワーにしている。そういうパワーこそ、友人や家族などから得るものだと思う。
それが今のデジタル社会では直接会ってもらうのではなく、SNSやビデオチャットなどから得る時間が増えてきた。
しかしこれも匿名ではなく、実名でのやり取りだからこそパワーをもらえるのである。

最近起きた誹謗中傷でプロレスラーの女性が命を落とした事件は本当に悲しいし、悲惨な事件である。
この匿名のSNSによる攻撃は今コロナの期間では、自粛警察ともいわれて流行している。これも酷い。
デジタル社会の一つの負の側面はこの匿名による、情報発信の自由度である。
発信する側にすると、軽い気持ちで投稿しているのだと思う。しかしその人間も受け手としてそういうSNSを自分が受け取る側に立つといかにその行為が酷いものであるかを経験するだろう。しかしSNSで誹謗中傷する人間は決して自分を表に出すことはない。なぜなら、彼らこそ弱い人間なのだから。

相手を思いやる気持ち、相手の立場にたって、物事を考えることが出来れば、おのずと行動は変わってくる。
しかしデジタル社会ではこの簡単なことが、どうも匿名による自由な発信によってゆがめられているような気がする。何とか政府は早く手を打ってほしい。

マーケティングの世界でも顧客第一主義が基本である。相手の立場に立ってこそ、相手の気持ちがわかるし、それをもとに商売をするのである。

私のこのブログでも同じである。デジタル社会だからこそ、こうして自分の考えを自由に多くの皆さんと共有し、また時にはご意見も頂ける。こういうインタラクションの場こそがSNSであるべきだ。そのためには匿名ではなく、個人としてしっかりと名前を出して発言をすることは大切ではないだろうか。

また私はこういうブログでは誹謗中傷や批判はあまりすべきではないと考える。みんな人間は弱い生き物だ。その弱いところばかりを見るのではなく、良いところを見るようにしていきたい。これはマネジメントにおける人の指導法もそうだし、コーチングの基本でもある。
常に前向きに、毎日が昨日よりも良くなるように考えながら生きていける自分でありたいと。




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