シリーズ#11 コトラーのリテール4.0を斬る

一芸に秀でることがこれからのポイント

今日は6番目の原則「キュレーターであれ」について考える。
昨日、私は全国レベルで展開している自転車販売の専門店「サイクルベースあさひ小田原店」に行ってきた。
実は今、電動自転車を買おうかどうか迷っている。今住んでいる家は高台で、駅までは歩くと20分以上かかるところにある。これから東京での仕事を再開する上で、駅までできれば自転車で通勤したいと考えている。しかしかなりの急勾配のため、普通の自転車では登れそうな気がしない。またバイクというオプションもあるが、大抵東京に行くと、夜は誰かと飲んでしまうので、バイクでは飲酒運転になるため無理だ。駅からタクシーに乗ればいいではないかとも考えるが、なかなかタクシーの台数が少なくて、深夜はかなり待つことになる。では歩けば良いではないかと。しかし帰り道こそ、勾配がキツく歩くと30分近くかかる。深夜に飲んだ状態で歩くには厳しい。
また週末(今は毎日が週末みたいなもんだが)には真鶴半島をサイクリングもしてみたい最近思ったりすると、やはり自転車で電動しか選択肢がないかと。
しかし、家でネットで調べても、自分には何を買えばいいのか分からず、値段も高いので、それならばと家から車で20分かけてサイクルベースあさひに行ったわけだ。

しかし、私は落胆して帰ることになる。まず、品揃えはがあまりにも中途半端であった。確かに店頭にある自転車は試乗もできるのだが、できるのは限られておりその中から選ぶのが適切とはとても思えなかった。また販売員の男性は若くで丁寧だが、こちらの話をあまり理解しようとせずに、展示商品の商品説明に終始するだけであった。私が使う用途のことやメーカー別の性能の違いを尋ねても曖昧であり、最後に私が真鶴に住んでるからねというと、「すいません、真鶴ってどこですか?私この辺りのことよく分からないんですと」。もうこれで帰ろうと思い、家路に着いたのである。
多分、今後サイクルベースあさひで買うことはないだろう。

小売業というのはこういうものである。そこでの顧客体験が不満足ではなく、不満に思うと、余程の理由がない限りそのお店には二度と行かないものである。そういう意味では立地に恵まれていると、一度くらい嫌な思いしても、しょうがないとまたその店で買ってしまうものだ。だから小売は立地が全てと言われるのかもしれない。

さて、今日のキュレーターであれという意味は、消費者の満足を生み出すためには、今以上に小売業は強みである分野を持ち、自分たちが相手にするお客様を明確にして、その方にどのような商品、サービスをどのように提供するのかを明確にしないといけないという、至極当たり前の話である。
本書でも「何かに特化した小さな店舗に存在感があった。リテールの起源へと一種の回帰がみられる」と述べている。

消費者はデジタルの力で圧倒的は情報収集能力を持つことになった。しかし、この情報収集で集めたものから選択できるだけの力は消費者にはない。ましてや10万円を超える商品になると失敗はできないと思う。安いものならアマゾンで買って失敗してもしょうがないなとなるが、そうはいかない。
私の電動自転車探索もネットサーフィンで相当数のものになり、どんどん候補は増えるのだが、比較できなくなり、最後には混乱してきて、専門家に聞かないとまずいと思うようになったのである。しかし、自分にぴったりの専門家がいる場所は見つけにくいのが実状ではないだろうか。


キュレーターとは美術館にいる学芸員のことである。その美術館での催事などのテーマから実際の展示作品のチョイスを行うのであり、まさに小売店でいうバイヤーである。
バイヤーには個性が必要である。確かに世の中の動きを見て、消費者の嗜好に合わせて商品を選んでいくが、流行だけを追うと、他店と同じような品揃えとなり差別化ができない。しかし、バイヤーの好みで品揃えすると嗜好が偏り、売れない品揃えになってしまう。
どういう個性を持った品揃えをするのかを明確にお店が持たなければいけない時代になったのである。

しかし、昔からこの話は何回もかされてきたことだ。
ポイントはその品揃えとサービスが一体化しているかどうかである。
お店の個性と消費者の個性がマッチしても、その中から一つに選ぶ作業、そしてそれが正しかったかを確認し、また修正していくサービスがなければ、電動自転車のような専門品(比較的金額の高い商品で比較検討が必要な商品群をいう)では売上にはつながらない。
電動自転車でも実際に試乗して、気に入ったものを見つけて、価格.comで買えばコスト的には良いが、そのあとのアフターサービス(パンク修理など)を考えると、簡単には決めづらい。
これからの小売業は規模の大小にかかわらず、個性をより出していくことが求められる。特に専門品を扱う業種(専門店、百貨店、ショッピングセンター)では大切になる。


例えば、家電販売店でもノジマは販売員のサービスを差別化にしようとしている。その戦略は間違っていない。しかし、消費者にはその差がわかりにくい。私も近くにヤマダ電機とノジマがあるので両店を行き来するが、その販売員のサービスレベルの差が分からない。その理由はノジマの販売員はオールマイティを求められているからだ。専門家はいない。
例えば、ノジマで電動自転車を販売していたとしても、自転車のプロはいないだろう。私の今回のようないろんな用途で使えて、しかもアフターサービスなどを含めた対応はできないと感じる。
これからは扱う商品ごとにプロ、キュレーターと呼べる販売員がいなければ、専門品の販売は難しいだろう。
ある程度の知識、情報はネットで集めることができる時代だからだ。
昔の東急ハンズはそういうプロの販売員の集まりだった。しかしハンズの失敗は全てのカテゴリー、つまり最寄ひん、買い回り品など単価の安いカテゴリーを含めて全てで対応することで費用対効果が苦しくなって今の状態になっているのではないか。東急ハンズの店作りは専門店仕様であり、高コストになっている。郊外のDIY専門店は比較的その専門性を維持しているように感じる。

話を戻すと、専門家として、電動自転車のバッテリーの各社ごとの違いや、色々な情報と同時に、サイクリングを楽しむための装備とか、楽しみ方を総合的に相談に乗ってくれないと私は満足できないのである。
おそらく私のいくべき店は他にあるのだろう。しかしそれがどこかが分からないのである。ネットでそのお店を見つけるまでには至っていない。
このように今の時代、ニッチマーケットでも十分に商売は成り立つ。ネットを使えば商圏範囲は広がるからだ。しかし、それを顧客に見つけてもらうように、自分の店の特徴を出して、ネットで見つけてもらえるようにしないといけない。そうすればおのずと顧客は見つけてくれるのである。だからデジタルは大事なのだ。

しかし最後はその店主、もしくは販売員の個性、人間力に関わってくるのだ。なんでも自転車のことを相談できる人を望んでいる。遠くに店があっても、修理の時はスカイプで初期対応してくれて、実際の運搬は別にオプションを用意してくれるなど方法はある。


だとすると、これからの時代は私たちは一人一人、自分の個性を自覚して、人より秀でたものを自分の強みとて伸ばすことが大切であろう。それがいくらマイナーでも構わない。好きこそ物の上手だ!

なんでも売ってますというお店に将来がないのと同じように、なんでも出来ますという人間はもう必要がないのかもしれない。それよりもこれは人には負けないというものをしっかりと持つこと、それをきちんと発信することで次の人生が開けるかもしれない。

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