僧侶と大臣の話

お金があるのか、ないのかは自分の考えかた次第なんだ!

最近で一番感動した本からの例え話。

仲の良い少年が2人いました。彼らは別々の道を進みました。1人は質素な僧侶に、もう1人はお金も力もある王様側近の大臣になりました。
何年もあと、2人が出会いました。でっぷり太った大臣は、痩せてみすぼらしい僧侶を見て可哀想になりました。助けようと思い、大臣は声をかけました。
「王様の役に立つ方法を学べば、米と豆しか食べられない生活をしなくてすむよ」
僧侶が応えました。
「米と豆で生きる方法を学べば、王様のためにあくせくしなくて済むよ」

これを読み、私はこれまで、王様の側近であくせくして働いて来たんだなと痛感した。
結局、多くの人間は豊かな暮らしをしたいという欲望に突き動かされていかにお金持ちになるかを目指して生きているのではないかと感じる。

最近、FIREという言葉が流行している。

Financial Independence, Retire Earlyの略がFIREだ。

つまり、経済的に自立して、自分らしく暮らすために早い段階である程度のお金を貯めて、その後は会社に縛られずに自分らしい生活を送るという考えだ。

実際にTVでは30代前後で7000万程度の金融資産を貯めて、FIREを達成して、配当金などだけで生活している若者を紹介している。

この姿は今日の例え話でいえば、僧侶に近い考えなのであろう。

経済的に自立できるかどうかのポイントはいかに支出をおさえて豊かな生活ができるかである。

僧侶のような生活であれば、少ないお金でも精神的に豊かな生活ができる。そこには宗教という素晴らしい道標があるからだ。

しかし、そういう少ないお金で精神的に豊かな生活ができる人はたくさんいるのであろうか。私は簡単ではないと思う。それには2つの理由がある。

一つは人間は一度上げてしまった生活レベルを下げるのが最も難しい。まだ派手な暮らしを経験していない若者であればやりやすいかもしれないが、40、50代では自分、家族のために、もっといい暮らしをさせてやりたいという欲望をどうコントロールできるのかと思う。

そして2つ目は僧侶における宗教のような精神的な支柱となる考え方、生きるためのガイドなくしては質素な生活を続けることは難しい。

ただ、最近の若者の中には、NPOや社会貢献活動なで真剣に地球温暖化のために生きようとしている人たちもいる。彼らには僧侶の宗教のような支柱が存在している。

では一般的な人でこのコロナ禍で厳しい環境になった人はどうすればいいのだろうか。

そのためには、人生というものを見直す必要がある。

今までの経済的条件、基盤をベースに考えていては何も変わらない。これを変えるための原動力は精神的支柱となる考えをいかに持てるかである。

お金ではなく、何か自分が打ち込めるものを見つけて、それをすることで精神的な満足が得られるのであれば何も恐れることはない。

そのための自分探しが求められており、それが今のコーチング、ヨガ、瞑想、マインドフルネスなどの動きにつながっているように思う。

アフターコロナにおいてはますます精神世界のマーケットが注目されるだろう。それは占いなどとは違い、自分を変えることがなければ何も始まらないのだ。

個人としてはまずは経済的に自立するところから始めるべきだ。それには支出をまず抑えて、今ある収入の範囲内で生活し、それで満足できる努力が必要だ。

今回、読んで感動した本は「父が娘に伝える自由に生きるための30の投資の教え」だが、この本は投資の本ということだが、私には経済的なことに悩むのではなく、本当に自分のやりたいことに集中するためにどうすれば良いかを説いている本のように思えた。

ぜひ一読をお勧めするが、下記の動画でも十分である

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