コトラーのソーシャルマーケティングと論語を使えばうまくいく
今朝の日経新聞のコラムで田中編集員が、コトラーの提唱したソーシャルマーケティングを使ってワクチン接種ができないかとの提言をしていた。なんか違うなと違和感を覚えた。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH20CJH0Q1A520C2000000/
この中では、社会問題の解決に向けて柔軟なマーケティング発想で問題解決をすべきだという例として、アメリカでのワクチン接種が駅や球場などで特典付きで行われていることあげている。一見するとこういう医療行為を無料でしかも特典をつけてまで行うことには日本人としては倫理的にどうかと思う人が多いのではないかと感じる。
しかし社会問題の解決においてはいろいろなアプローチが必要であり、NYでは若者の接種を促すためにマリファナをプレゼントする団体もあるようだ。
日本ではそもそもワクチン接種を受けたくても受けれない状況なので、今の時点ではアメリカと比較することは難しいが、今後ワクチン供給が増えて来た時に必ず前提のワクチン接種率がコロナ対策の一番の肝になる。集団免疫をいかに獲得するかである。
その時に有効な考え方を論語の中から紹介したい。
孔子曰く、之を導くに政を以てし、之を斉うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を導くに德を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有りて且つ格る、と。
詳しくは下記のサイトを読んで欲しい。
https://kokugonomado.meijishoin.co.jp/posts/1488
ポイントは人を動かす時に規則や罰で動かそうとしても動かない、その人の道徳や気持ちに訴えることで初めて人は動くのであると。
考え方は北風と太陽の話と同じである。
今回の日本のコロナ対策はまさに、諸外国のような個人の自由を制限するロックダウンは法律上できない。また、潤沢な財源もないため休業補償も潤沢ではない。だから政府の対応は後手後手になっている。
そして自主的な国民一人一人の協力を求めているのだ。その政府、政治家の対応がどうも徳を以った行動とはいがたい。また礼を以ったものともいえない。だから心に響いていない。
日経のコラムでは若者の感染を抑えるために、若者でも感染したら症状が重症化したり、後遺症で悩んでいる人が多いことをSNSで拡散すべきと提言しているが、私にはそれは間違っているように思う。
このやり方は痛い思いをさせるだけで北風と同じである。
それよりも、若者の心に訴えかけることが大事だ。
家庭内感染で若者から老人に感染して死に至ることの悲惨さや社会が早く回復することの重要性を説くことが大切であろう。
東日本大震災の時にあれだけの若者がボランティアで無償協力をしてくれたことはさすが日本人と言えるところだ。
大震災よりも多くの犠牲者が出ている今こそ、リーダーは国民に向けたメッセージを徳と礼を以って行う時ではないだろうか!
コトラーのソーシャルマーケティングを使うということはそういうことである。
ターゲットに合わせた戦略を立てて、アメリカ人ならマリファナだろうが、日本人なら家族を守る大切さを徳のある人が、礼を以って話せばきっと若者にも理解してもらえると思う。
私が首相なら、星野源、新垣結衣夫妻にTV、SNSで若者に語りかけてもらうビデオメッセージを作る。徳のある政治家が少ないなら、徳のある芸能人、有名人を使うしかないのではないだろうか。