千利休の給与はたった3000石だった

今、茶道の歴史という本を読んでいるが、その中で面白い事が書いてある。

千利休は天下一の茶人と認められる茶人であったが、秀吉からいただいた俸禄は3000石。利休切腹の後、秀吉の茶道頭を務めた古田織部は35000石、そのあとの小堀遠州、片桐石州はそれぞれ13000石ぐらいであった。

利休以外はみな武士であったのもあるが、当時の利休の影響力を考えると、甚だ少ない給与であった。

まあ、利休はそれ以外で十分稼いでいたとは思うが、武士の世界でいかに利休が実力だけでのし上がってきたのが分かる。

利休が武士でもないのに、切腹をさせてもらえたことなども、その例だろう。

その後、江戸時代になり、天下泰平の世になると、茶道頭の地位はますます低くなり、江戸時代末期だと10石程度だったらしい。

やはり、茶道で財を成すのは難しいということか。

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